余裕を持つという我々にとっての当たり前
歩行や何かしら移動する際に身体的障害がある人は、時間の読みというものが予想以上に難しいと思います。実際私自身もどのくらい余裕を持って移動したらよいか、いまだによくわかっていません。
普通に余裕を持つだけでは不十分
その理由はシンプルで、普通の感覚で余裕を持つでは不十分であることが多いからです。なぜなら、身体が不自由だと、そんなこと起きるわけないというようなことが起きるからです。
本当に予期できないことが起こる
どんなことが起きるかというと、実体験を話すと、ホームと電車の間に麻痺足が落ちて、電車の運行を止めたり、大便が間に合わなくて、着替え、下着購入、処理に急に1時間取られたりなど、普通に考えたら予期できないことだらけの世界が我々の世界です。
どうするのが正解か
絶対に勝てるように準備するが正解だと私は思います。それはつまり、徹底的な準備です。信じられなしかもしれませんが、私は良く通る道や場所のトイレ、エレベーターエスカレーターの一位置など何ああっ多彩の緊急対応設備を事細かに把握しています。その範囲にいる限り、緊急対応が可能になるわけで、ある種知っているということが準備になります。孫子の兵法ではないですが、絶対に負けない方法を取ることもある種正解だと思います。ただ、これは私の体にお状態に合わせた対策であるとも思うので、人それぞれ対小作は異なるかと思います。それぞれができる最高の対策を行うようにした方が良いでしょう。
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