できないことのストレスは本人にしかわからない


 

どうも!!対記憶障害のためにインプットからアウトプットの形はできてきたから、あとは繰り返せる復習の方ができれば、健常者にも負けないことにワクワクしている横山です。 
#記憶障害はしんどい
#高次脳機能障害卍

今日は、タイトルについてです。

●当事者がやるからある価値

結論は当たり前にある健康という資本の価値も、
それをも損なった時のストレスも
当人でなければ決して理解できないということです。

そんな我々をなんとかしようと、
多くのやさしい人は我々の気持ちを考えて、動いてくれていたりしますが、
大体が自分が本当に希望したことが叶うことはとても少ないです。

 そこには当たり前んできる人とできない人の細かいメンタルのギャップがあるからだと私は思います。
悪く言えば、何かをやってくれようとする人の想定が甘すぎます。
そりゃそうです。当人じゃないからそうなのは当たり前です。

●当事者だから射ることのできる的がある

だから、こういう問題は当人が当たるべきなんです。

SELECTORの主役は何かしらの当事者である”選ぶ人”です。
片麻痺の私が選ぶから、片麻痺の人はもちろん、片手が使えない人にとってとても便利なものが生まれます。
そしてそれは、当人でない人が考えて作った的外れなものではなく、確実に的を射ってきます。
当人しかわからない視点で選んだものだけが集まっている、それがSELECTORの価値です。
そしてそてれはまだ誰も気づいていない価値にもなり得ます。

片手しか使えないのはなにも障害者や病人だけではありません。
子供を抱いたままのママやなにかの事情でそういう状況にある人も入ります。

障害や病気という特殊で皆があまり触れたがらないトピックを良い意味でプラスに変換している という点でも価値があるかもしれません。
とにかく、今は当人だからわかるという視点を大事に日々頑張っています。
 

★片麻痺当事者に読んでほしい記事↓↓↓↓
片麻痺とメンタル①
片麻痺とメンタル②
片麻痺本人しかわからないこと。

 


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